連続シャーマン小説「日暮時空探偵事務所」第1話

「奇跡が当たり前のように連発するから、奇跡を奇跡と思えなくなってきた。」

京都二条の焼肉屋で、良い頃合いのハラミをひっくり返しながら、先生はそう呟きました。

先生は肉を焼くのが上手で、脂がキラキラと艶めかしく輝く頃合いに、さっと返してさっと引き上げます。いつもながらその手際には感心しつつも、わたしは内心「それはこちらの台詞だ」と思っておりました。そして、そんなことより早くそのハラミをくれ、と。

もう何回、こんな飲み会をしたでしょう。（飲み会ではなく「直会（なおらい）」と言え、と先生はおっしゃるのですが…）なんでも、こういったお仕事をした後は、なんやかんや理由があって、飲み食いをする習わしなのだそうです。入所時の歓迎会で色々勿体ぶった説明を聞きましたが、飲みすぎたせいか一切覚えておりません。

気がつくと、丁度いい頃合いの絶品ハラミが、皿の上に置かれていました。こういう時の先生は流石です。別名「人たらし」と言われるだけのことはあります。わたしは遠慮なくそれを頂くことにしました。

「おい光子！それオレの皿！」

そんな言葉が聞こえたような気がするというか、割と近くで先生はキレていますが、いいのです。私は今日は一生懸命働きました。このような零細探偵事務所では、福利厚生はめちゃくちゃ大事。そのことを思い出していただくためにも、わたしは焼肉には決して遠慮しないこととしております。

申し遅れました。わたしは暁光子と申します。日暮時空探偵事務所の秘書でございます。

探偵事務所といえば聞こえが良いですが、実際には雑居ビルの4階の、さらにその奥の隠し階段を登った中5階という大変マニアックな立地条件にございます。先生は「トップシークレットを預かっている以上、おいそれと人が上がってくる構造では困る」と言うのですが…実際のところ、昭和の遺産とも言うべきオンボロビル。入る人が、一瞬躊躇するような階段が待ち構えています。さらに言えば「閻魔通り」というこれまた不穏な通りの路地裏にございますので、一般的な探偵事務所を期待される方は、はなから来所されないでしょう。

それで良いのかも知れません。

私共が扱っておりますのは、普通の探偵事務所では扱いにくい案件ばかりでございます。痴話喧嘩やら尾行やら、そんな次元の話ではなく、文字通り「異次元」の案件。

一般的な探偵案件では、事件の経緯を遡るといっても1年前後が関の山でしょう。日暮時空探偵事務所では、扱う事件の殆どは1000年以上の時代背景があり、そして一般的探偵事務所と大いに異なる点がございます。

依頼者の殆どは、「この世のひと」ではございません。

時空・次元を超えた存在が、我が探偵事務所を訪れるとき。不思議の扉は必ず開くのです。

この日京都で成し遂げた案件は、およそ2600年に渡る物語の一つのエピソードでした。「今日完了した」と思うたびに、先生と私は「直会」と言う名の飲み会を致します。しかし入所して数年。わたしは知ってしまいました。

おわるときははじまりであり

はじまるときにおわっている

ということを。

「光子、チャンジャ来たよ」

先生はわたしの大好物を注文していました。これもまた、新たな案件が始まる前の機嫌取りに違いない。でもこういうのは嫌いではありません。

美味しいチャンジャをいただきながら、わたしは今日の案件のことに思いを馳せていました。「未来が変われば過去が変わり、過去が変われば未来が変わる」という言葉に集約された、一連の事件…「壺中天事件」のことを。（つづく）