十種神宝のエネルギーは、もう皆が使える。

(※写真は香川県の宇夫階神社の環状列石です)

こんにちは、POPです。

今年(2020)のグレゴリオ暦1月2日、こんな夢を見ました。


夢の中で私は、京都の籠神社にいました。

「あれ?お正月だよね?どうして?」と困惑している私に、天御中主神と国常立神がステレオサウンドで突然語りかけました。

「籠神社で、本物の沖津鏡と辺津鏡を前にし、十種神宝を呼んでください。するとエネルギーは呼び出されます」

「エネルギーが呼び出されると、どうなるんですか」

「誰でも最早呼び出して、使える時代だということです。それだけです」


例によってシュールなエネルギー、シュールなメッセージでした。ただそれだけ、というシンプルさがいいな、と思いました。十種神宝とは、以下の神代から伝わる宝物です。


十種神宝

  • 沖津鏡(おきつかがみ)
  • 辺津鏡(へつかがみ)
  • 八握剣(やつかのつるぎ)
  • 生玉(いくたま)
  • 足玉(たるたま)
  • 死返玉(まかるかへしのたま)
  • 道返玉(ちかへしのたま)
  • 蛇比礼(へびのひれ)
  • 蜂比礼(はちのひれ)
  • 品々物之比礼(くさぐさのもののひれ)

「ただ唱える、それだけ」とのことなので、友人の協力を得て1月31日、籠神社および元伊勢真名井神社に参詣しました。

まずは真名井神社へ。

その日は空の半分が雪、空の半分が晴れという奇妙な天気でしたが、天御中御神(宇宙)にシンクロする磐座の前で奏上したら、ピッカーンと晴れました。風が吹き、これらのアイテム(宝具)がエナジー化されていることを確信しました。

なぜこのタイミングなのか聞いたところ、シンプルに時が来たから、だそうです。

そして籠神社に降りて行き、同様にしたところ、一気に吹雪的な強いアラレとなりました。


陰陽はただ「そこに在る」ということ

エネルギーが動いて物質となるということ。

視点(視座)により現象が変わるということ。

だれでも、なにもかも選べばできる変わる


こんなことを、体感しました。

そこから約1ヶ月が経過。2月22日より、この件をお伝えしていいという気づきがあったので、きり良くまる1ヶ月と1日経過した本日、ブログにアップさせていただきます。


十種神宝の具体的活用法

心身養生、パワーアップして気楽に気づきを広げて行きたい時。魔法のアイテムがその場に無くても、エネルギーを呼び出して使える。そんな使用法です。

●やり方

上記の十種神宝を、音読してエナジーを呼び出して下さい。できれば全アイテムワンセットで。各鏡のエナジーは諸説ありますが、POPのリーディングを書かせていただきます。

沖津鏡

宇宙エナジーとシンクロし、高い視座(宇宙の根源)の真理を自分に映し出すミラー。ハイヤーセルフ側のミラー。POP的リーディングでは、天御中主神にシンクロするチャネルの鏡。

辺津鏡

目の前に映し出させる世界は、自分の内部(という宇宙)を映し出している。何を見ているかは今の自分の波動に他ならないと、現象界側から知らせてくれるグラウンディング的ミラー。POP的リーディングでは、国常立神にシンクロするチャネルの鏡。

八握剣

邪気を払い、真実に導き、ワンネスをクリアにするチャネル。集合体意識、アカシックレコードのアンテナ。だからこそ磨く。クリアリング。

生玉

生命力の根元、豊かさにつながるエナジー。

足玉

希望を現実的に叶えるエナジー。ヤツカノツルギとシンクロすることで、自分の希望を叶えることがそのままワンネスにつながるエナジーとなる。生命・生殖・生み出すエナジーにも関連。

死返玉

生命力を魂側から爆上げ。死者を生き返らせるレベル。死にまつわる様々なことも思い込みだとしたら?という問いかけそのもの。

道返玉

生命力を体の側から爆上げ。体の根元(丹田)からバランスを取り、ブワーっとエナジーアップ。やるべきことをやれる。

蛇比礼

魔除のプロテクトシステム。体側の魔除的アイテム。グラウンディングサポート。現実的な邪魔・ブロックの解除

蜂比礼

魔除のプロテクトシステム。呪詛など目に見えないもの、エナジーを奪われる事象からのプロテクトサポート。

品々物之比礼

次元的制限を超える現実化・非現実化を司る布。今あるものを消す、今無いものを出す・増やす。エナジーと現実の境目。


ありえないことがありえる、と。

これらのエナジーは、「あり得ないと思わされてきたこと」に関係していると思います。私たちは、認知していないことを変えることはできません。今までは、奇跡はありえないこととされ、非現実的であるとされ、タブーとされてきました。

十種神宝を「ただ呼ぶ」という行為の意味。

それは「奇跡をあるものとして声に出し、その言霊(エナジー)を承認することで自分の現実を変えていく」という実践的行為なのかもしれません。

上記に取り止めもなく綴ったことは、伝統的な観点に立った解釈ではなく、ただ受け取った情報です。

人間は、情報を認知した時に初めて行動が変わります。

「ただある」「ただ使える」情報、どんな形で使っていく?

その選択は、ある意味アーティスティックなキュレーション。

(横文字ばかりですみません 笑)

人生のアートを彩るアイテムとして、使ってみるのも面白いかも知れませんね。

あなたなら、どう活用しますか?

今日も、素敵な1日をお送りください。

POP拝

あたらしい。

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