祭祀の全国的中止とそれに伴うエナジー変化

こんにちは、POPちゃんです。

新型コロナウイルス対策に関連する様々な事情により、2020年は全国的に祭祀(神ごと・お祭り)の中止又は大幅な規模縮小が続々決定しています。

祭祀には様々な意味がありますが、共通する部分を一言で言うならば

◎祈りの行事

であるということです。


祈りが継続させるもの

祈りの目的は「無病息災」「五穀豊穣」その他、目的に応じて様々なものがあります。そして、下記のようなことが行われています。

  • その祭祀(お祭り)が始まったときに動機を持つエナジーを、祈り(言霊)によって動かすこと
  • 年に一回の「人々が統合する(無礼講で集まる・楽しむ・ことが動く)」場となること
  • 地縁に関係する血縁家族単位で参加すること

祭りは、人びとが集い、こういったことを行う・確認するために存在しました。そこにはかなりの人数の人々が集まり、物理的にも経済的にもエネルギーが動いてきました。地元の小売店、観光産業への貢献もとても大きかったでしょう。

それが今年、一気に変化すると思われます。

三次元(現実。今までの常識)的な視点で見ると

一般小売店への経済打撃

・地縁、血縁コミュニティの結束が弱まる

ハレの機会が失われる

という現象に思われます。

実際、沖縄でも本年は清明祭(シーミー)の自粛が要請され、重箱(お墓の前で食べるお料理)を作る業者の方は、大打撃を受けていると聞きます。

一見暗いニュースのように見えるこの現象ですが…

実は、大いなる宇宙変化の大ヒントだとしたら?


ハレとケを分かたぬ時代

これまでの時代。

ハレとケは、厳しく分けられてきました。

清浄と汚れ。

非日常と日常。

様々な二極化の現れのうちの一つが、ハレとケを分つ分離の時代でした。

それが今、社会という最も現実的・社会的側面から

音を立てて崩れて行っている。

毎日がハレであってよく

自分自身が中庸に、自分軸で生きることを自分自身に許可できる時代。

周りのムードや常識に流されぬことなく

血縁・地縁をも超えて本当に「つながる」時代。

この一見受け入れ難い変動の全てが

真の意味での統合の機会であるとしたら?

統合を心から認知し、受け取ったとき

あたらしい祭りが、始まるのかもしれません。

いじわるのかけらもまったくない

気楽でクダラナくて、ただただエンジョイできる微笑む日常。

それが、あたらしい祭りなのかもしれない。

今日もお読みいただいてありがとうございます。

安全で大吉にお過ごし下さい!

POP拝

あたらしい。

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