「まあ、光子ちゃんがイラつくのも無理はない。」
篁さんは、イケメンスマイルで爽やかに言いました。
「イラつくさ。俺たちだって…ずっとイラついてたんだよ。だけどいつの間にか、イラついていても仕方ないって事に気がついたんだ。なあ日暮」
「そうだな、篁。時空探偵は因果な商売だ。『ハザマに居続ける』というのは、なかなか歯痒いものだからな。」
「時間をかけて少しずつ、堂々巡りの奇跡がずれていくのを見ていた。一気に世界線を変えると反動が大きい。」
またです。またしても、この超抽象的トーク。先ほどから、誰も何の質問にも答えていません。ここにいる全員は厨二病なのでしょうか。口を開けば意味深な事ばかり。
少し先を歩いていた木田先生が振り返りました。
「光子ちゃん。やりすぎない、っていうのは大事なのー。」
「どういうことですか?」
「やりすぎると…エネルギーを一気に動かしすぎると、現実化するときに大きな揺り戻しが来る。重いものを一気に動かすと、腰にキタりするでしょう。」
「そうですね」
「2年後の3月25日を境に、あることがやりにくくなる」
「あること?」
「人が外出しにくくなるの。」
「え?」
わたしは面食らいました。そんなこと、あるのでしょうか。2年後はオリンピックイヤー。人が外出しにくいなんてことは、考えられません。
「それはある日ひそやかに始まる。2年後の1月17日ぐらいから、ニュースを日記に付けておくといいわ。3月25日なにがあったか。4月13日になにがあったか。それから4月20…」
「木田ちゃん!」
篁さんが、聞いたこともないような厳しい声で制止しました。
「種明かしにはまだ早い。」
「でもー、光子ちゃんは知っておいた方が」
「知っておいた方がいい、と思うのは木田ちゃんの視点に過ぎないよ。光子ちゃんが知りたいかどうか、それを確認した上でないと、そこから先はいけない。時空のズレが生じる事になる。常々言っているだろう?」
先頭を歩いていた日暮先生も、立ち止まりました。
「二人以上の人間が認めたとき、現実が始まる、か。」
木田先生は、膨れっ面で日暮先生を睨みました。
「わかったわかった、わかりましたー。篁さん、じゃあそこから先は言わないわ。でもこれぐらいは言うよ。人が外出しないということは、祭祀が行われないということ。たとえ型式だけであったとしても、長年続いていた祭祀、つまり祈りがいっせいに中断される時期が来る。光子ちゃん。言霊の力は、油断ならないものよ。ある日いっせいに電気が止まったらどうなる?想像して。」
「ある日いっせいに電気が止まったら…」
想像できるようで、想像できませんでした。
とりあえずあたりは真っ暗になるだろう。電話も通じなくなるかもしれない。当たり前に会えていた人とは会えなくなるかも知れないし、寒さを凌げないかもしれないし…ええと、他には?他には?
「大変だと思います」
面倒くさいので、わたしはざっくりと答えました。
木田先生も、とても面倒くさそうに答えました。
「そうだよねー。大変。で、古いエネルギーは供給されなくなり、あたらしいエネルギーのインフラを作る時期が来る。祈りが居宣り…もともとの意味に戻る時がくるとしたら?」
「また質問返しですかっ!」
「まあまあ光子ちゃん…ほら、着いたよ。牡蠣の白ワイン蒸しが待ってるよ」
キュン…★
篁さん。わたしもそれを待っていました。
次の瞬間、わたしは全部がどうでもよくなり、浅草観音裏の小さなフランス料理店に吸い込まれて行ったのでした。