引き寄せたものを確実に受け取るコツ

 「引き寄せの法則」(思考の現実化)は、今ではとても有名になっています。

 簡単にご紹介すると、「自分が強く心に願ったものが現実の世界に現れる」という現象、それが引き寄せの法則です。それを習慣にするための様々な方法を紹介する書籍、ブログ、動画も多く出回っているので、一度は聞いたことがあるのではないでしょうか。

 「引き寄せの法則」自体は、難しいものではありません。強く意識したものを人間の脳は素早く認識するようになります。スピリチュアル的な側面のみならず、脳の機能的に自然なことなのです。認知したことを通じ、人間は世界を認識し、そこから行動を選択します。認知によって、行動した結果現実が変化する。至ってシンプルですね。

 しかしながら、引き寄せの法則を長く学んでいる、実践するのになかなか望む状況が得られない、というご相談をしばしば受けます。そこで、今日は「引き寄せたものを確実に受け取るコツ」をご紹介します。それもまたシンプルで、「引き寄せた後の世界に必要なことを準備し始める」これだけです。プロテスタントのキリスト教会でよく知られている逸話があるので、ご紹介しましょう。(キリスト教会のエピソードですので、引き寄せではなく祈りへの態度、というのが主題です。共通する部分が多いので、ご紹介します。実話です。)

雨乞いの祈りと傘

 ある農村地帯で、長く雨が降らず農家の方が困っていました。

 そこで皆教会に集まり、牧師に「主に雨を乞う祈り」をお願いする集会を開きました。日照りでかなり乾燥し、暑く、みんな汗をかきかき会堂に集まりました。

 一人の少女がそこに現れました。小さい体で、ありったけの雨ガッパと傘、長靴などを腕に抱えられるだけ持ってきていました。大人たちは大笑いしました。「お前さん、なんだってこんな晴れの日にそんなもの持ってきたんだ?バカじゃないのか?」みんな口々に彼女をからかいました。

 少女は顔を真っ赤にして怒りました。

 「バカはそっちじゃないのっ?!なんのために集まってるのっ?!雨乞いでしょ!雨が降るなら何が必要かなんてわかるでしょ!本当に雨が降るなんて思ってないのにわざわざ集まっているの?」

 大人たちは、自分たちが雨の用意を何もしていなかったことに気付かされました。そんなにも雨を期待していたのに。雨が降ることを信じてはいなかったのです。


 期待するけど信じない。これが、往々にして「引き寄せの法則」をはじめとするあらゆる魔法を中途半端にします。「信じられない」という方を強く信じれば、言うまでもなくそちらが現実化します。

 それゆえ、まず初めに押さえておきたい大事なこと。引き寄せの法則で何かを引き寄せて現実化したら「ウソー!」とか、「信じられない!」などと言わない。心で思ったとしても、とりあえず最低限口には出さない。(言葉として外界に発した瞬間、言霊というエナジーに変化するため)これらの言葉が万が一自分の口癖であると気づいたら、違う言葉に言い換えるようにしてみてくださいね。

 似た言葉ですが、「マジで?」はセーフです。その現実に対して「本当に?」とただ聞いているだけだからです。宇宙は、本当であることを証明するために、さらなるサプライズを運んでくるかもしれません。英語の魔法的表現で「Truth(真実ですか)?」と呼びかけると、エンティティ(霊的存在)やスピリット、あらゆるエネルギー体は嘘をつくことができなくなります。その意味でも「マジで?」はセイフティです。

 ちなみに、私がご挨拶としてよく用いている「イェイイェイイェイ!」も、こんな時に使える便利な寿門(じゅもん)です。イベントやブログでもすでにご紹介してきた通り、「ゑいゑいゑい(榮榮榮=弥榮弥榮弥榮イヤサカ、イヤサカ、イヤサカ)」の音読略となります。3回呼ぶとそのエナジーは真実でしかありえない、という魔法を応用し、「」を拡大しています。驚くようなラッキーがあったら「イェイイェイイェイ!」と気軽に使ってみてください。さらにいいこと起きるかも?!

 話が横道にそれましたが、まず第一に「エネルギーを自分の不注意で消さない」。そして雨乞いの少女のように、「願ったことが起きた未来のことを考えて行動する」。これが大事です。


引き寄せの法則がなぜ叶わない(と思う)のか。それは、夢見た状況が実際に現れたとしても、現実的な準備不足でチャンスに気づけない、チャンスに怯える、あるいはチャンスを活用できないから。


 雨乞いをするなら、雨具を用意する。

事業を始めたいなら、その事業についてのリサーチを行う。 

 パフォーマーになりたいなら、前もってパフォーマンスの練習やアイデア集めをする。

 「〇〇したい」と言いながら、実際には何も準備していなかった場合、せっかくのチャンスが来ても慌ててしまったり、「まだまだです!」といって断ってしまいそう。場合によっては状況に文句をつけちゃったりして…。

 雨乞いの話、実際降った時に少女をからかった大人たちは、どうしたのでしょうか。後日談を想像すると、こんな光景が浮かびました。(※POPの妄想です!)


祈りが終わって扉を開けると、ザァザァと雨。

その中を、少女は傘をさして帰ります。

自分の分の傘はあるから、残りの雨具を気前よく大人たちに貸してあげます。

大人たちが恐る恐る雨具を持って扉を出ると、

カッと刺す日差し!

前を歩く少女は、傘を差したまま。彼女のいる、道の向こう側には確かに雨が降っているのに、大人たちの方は傘がいらない晴天。二つの現実が、お天気雨という形で現れたとさ。


 現実化には、シンプルな方向とややこしい方向があります。 

 自分が招いたエナジーを自分が否定することを繰り返すと、エナジーの現実化はヘンテコな方向に向かいます。現実化の回路にクセづけされて、「ややこしい現実」がいつも作り出される感じ。嬉しいことがありつつ、いつもどこか困ったり、「でもさぁ。。。」「だってねえ・・・」と言う愚痴も織り込まれていそうです。でもややこしさが好きならば、「ややこしい現実化」も問題ありません。善悪ではなく、好き嫌いの問題です。

 シンプルな現実化を望む場合、雨乞いの少女が行なったように「思考のエナジー現実へ流れ込みやすい回路」を行動を通じて作っておくことが可能です。今できそうなことが「現実的に何にもない」と言うことは、まずありません。小さな小さなことから、無理なく。やってみましょう。打つ手が何も見つからない時は、静かに養生して体のエナジーを養う、と言うところから準備することもできます。いざというときに動ける体があると、頼もしいですね。心の内面(モヤモヤ)の整理も有効です。

地球では、いま思考の現実化が加速度的に進んでいます。

 思ったことは、今までより早く現実化するでしょう。

 「〇〇だけど、〇〇したら」と言う前置きすら、本当はもう不要です。「〇〇したら(やれたら、できたら、行けたら)」と言う言葉は、もしかしたら本当はやりたくない、と言うことの潜在意識的表れかもしれません。引き寄せたい、そのことは本心なのかどうなのか?!様々な角度から、自分が発する言霊(エナジーの象徴)を検証してみたいですね。

 この秋は、引き寄せたものが現実にいつ到来してもいいように、心と体の整理と養生をしっかり行なうと、いいことありそうです!

 イェイイェイイェイ!

 いつもお読みいただき、ありがとうございます。

 本日も安らぐ1日をお過ごしください。

 POP拝

あたらしい。

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