受け身と受け取りの違い「ありのままの盲点」

0
受け身と受け取りの違い「ありのままの盲点」

こんにちは、ときわです。

 

昨日は彼岸の入りということもあり、なんとなくザワザワした人も、多いのではないかと思います。

この時期、とりわけ9月頭から次の満月までのザワザワについては、別途記事に書くとして…

この記事では、「受け身と受け取りの違い」というお話をしたいと思います。


受け身の盲点「ありのまま」

 

ズバリ、「ありのまま」ということの盲点について、言及します。

「ありのまま」それ自体が悪いのではありません。

まず、「ありのまま」の状態を認識して初めて、変化が始まるのです。

 

人が問題を感じるとき、ほとんどの場合は「ありのままでない自分」を演出しています。

ありのままでない自分とは、他人軸に合わせた自分。

他人に「良い人」と思われる人。社会的に成功した人と思われる人。

自らの存在意義の尺度を、自己存在の外側に置いて「●●な人」を目指すとき、人はどうなりますか?

壊れます。

 

それは、一見寿命という形かもしれませんし、心身を病む、という形で表出する人もいます。

あるいは、他者への過剰な「お世話」「依存」、逆に「攻撃」。

 

自然界に目を向けてみましょう。

人間以外は、頑張っていません。

植物が「愛されるためのお花コーデ」をしているわけではない。

動物は、生存本能のため、懸命にそれぞれが生きている。

人間は勝手な尺度で「いい」「悪い」「残酷」「最高」などと、彼らを見て決めつけている、ただそれだけです。

 

とにかく、「人間社会の尺度」に合わせすぎている状態は、自然界と乖離しています。

どのような状態であれ、尺度という色眼鏡を外し、現状の自分を見て「今、ここのありのままを見る」。

それは、「次なる一歩」の手掛かりになるのです。

ありのままは、出発点。


出発点で足踏みし続けるの?

 

巷では「ありのままでありつづけることの美しさ」が語られます。

しかし、ありのままは出発点です。

勢いよく行進し始めたはいいものの、出発点で足踏みし続けたら…?

どうなるでしょう。

 

地面には、徐々に穴が開いていくでしょう。

知らず知らずのうち、一ミリずつ、穴にはまっていって…

気が付いたら、出られなくなる。

 

これが、「ありのまま」の罠。

「ありのまま」だと思っていたら、「とんだアリ地獄」というわけです(怖)

 

「ありのまま」を見て、次に進むアクションを選び、進むのか。

「ありのまま」に酔って、気がつかぬうちにドツボにはまるのか。

 

「ありのまま」の超えていった先はどこか見ていないと、このようなことが起きます。

同じ時期に「気づき」、同じ時期に行進を始めても、「進む人」「ハマる人」に分かれる可能性がある。

ちょっと、衝撃ですよね。

 

何かに気づいたら、変えられます。

変えるための行動が、選択できる。

「それはわかっているんです、でもね…●●がね…」という状態は…

足踏みです。

 

  • 「ありのまま」を見て、次に進むアクションを選び、進む=受け取り
  • 「ありのまま」に酔って、気がつかぬうちにドツボにはまる=受け身

 

ズバリ、そのような違いです。


足踏みが浅いうちに抜け出すには?

 

私たちは、誰しも「受け身」と「受け取り」を混同する可能性があります。

自分にとって大事な(言い方を変えれば、こだわっている)トピックほど、このドツボにはまりやすいのです。

ココから抜けるには、どうすればいいのか?

 

こんなたとえ話で、POPに説明してみたいと思います。

 

★★★★★

通販のAmazonや楽天には、便利な機能があります。

自分の欲しい商品をチェックしておく、いわゆる「ウィッシュリスト」という機能です。

今すぐ買うのではなく、いつかほしい、という時に便利な機能なのです。

 

だいたいの「お願い事」は、このウィッシュリストに入っています。

(文字通り、願い=ウィッシュ)

神頼みやアファメーションなども、ほとんどはここです。

 

だれかがウィッシュリストをチェックしてくれて「あ、●●さんこれほしいんだ!あげよう」といって、ポチってくれたら、手に入れられるかもしれません。

 

でも、そんなことをしなくても、ほしいものを確実に手に入れる方法があります。

とても簡単です。

  1. ほしい商品をカートに移す
  2. 決済ページに移動する
  3. 決済する
  4. 届く

 

この流れで、欲しいものは確実に届きます。

ここで「え、当たり前だよね?!」と思われる方がほとんどでしょう。

そうなのです、当たり前なのです。

 

自分で選択し、行動すれば、宇宙(世界)は必ず動きます。

でも、多くの場合願い事は「カートにいれっぱなし」またはそれ以前の問題として「ウィッシュリストに入れっぱなし」なのです。

 

やりたいことがあっても、「●●だからできない、むり、わからない」が口癖になっていませんか?

「本当はそうしたいんです、でも状況が(仕事が、子どもが…etc)許さない」が口癖になっていませんか?

その状況は、だれが選択し、作り出した状況でしょうか。

その場に足踏みし続けることは、だれが選んでいるのでしょうか。

 

次の小さな一歩を、見出す選択と行動。

スピリチュアル以前の問題として、とても大切なことだと思います。

 

無理をしようということではありません。

ただ、第一歩としての「ありのまま」をみて、次の小さな小さな、本当に小さな行動は何ができる?と問いかける。

 

小さな前進から、壮大なものが始まると思います。

9月23日に向けて、大きくエネルギーが動いています。

ぜひこの2日間、「自らの小さな前進」に、心を向けてみて下さい。

 

本日も、素敵な1日をお過ごしください。

木田時輪


★ときわよりひとこと★

 

実際には、あなたは自分が思っているよりも、爆発的な可能性があります。

それを、小さく小さく、一歩ずつ、ぜひ受け取ってみて下さい。

今できる小さな一歩から、自分が変わり、世界が変わるとしたら?